こじらせ長女スト―リーアイキャッチ画像

ストーリー

【第1幕】こうして私は長女をこじらせた 櫻本稀子の場合

<なりたくてお姉ちゃんになったわけじゃない!!>

「お姉ちゃんでしょ!」と長女の役割と責務を執拗に押し付けられ苦しんできたのは、決してあなただけではない。多くの長女が、お友達と遊びに行こうとすれば「お姉ちゃんなんだから下の子もつれていって面倒をみろ」といわれ、1つしかないものがあれば「お姉ちゃんだから譲ってあげろ」といわれ、こちらの機嫌などお構いなしに「お姉ちゃんだから優しくしてあげなさい」といわれてきた。そして、どんな時でも両親の口から発せられる「お姉ちゃんでしょ!」の言葉に対し「なりたくてお姉ちゃんになったわけじゃない!!」と、悲鳴のような叫びをあげたかったのは決してあなたひとりだけではないのだ。同じ悩みと苦しみ、孤独を味わった同士が1人でもいたと知ることができたならば、闇に包まれた心にも一筋の光が差すもの。あなたのために長女をこじらせた櫻本稀子(さくらもときこ)のリアルをお届けしよう。

愛情独りじめの幸せな時間はたったの3年

1980年4月2日、京都出身の父と兵庫出身の母の元に生まれる。

両親の愛を独り占めしようともくろみ第一子として生まれた私は、好奇心旺盛で活発な女の子として両親の愛情を独り占めして過ごす。

稀子2歳の写真

愛情独占期の稀子2歳

が、しかし、幸せな時間はたったの3年で幕を閉じた。

1983年、櫻本家に第二子が産まれ私の運命が一変する。

私ひとりに注がれた愛情が第二子にも注がれ半分になるならまだしも、私に注がれていた愛情がほぼ全て第二子に注がれるようになってしまったのである。

第二子である弟が生まれた当初はまだよかった。

■手を繋いでもらいたいのに繋いでもらえない寂しさ

■抱っこしてもらいたいのに抱っこしてもらえない寂しさ

■お絵描きした絵を褒めてもらいたくて話しかけたのに後回しにされる悲しさ

これらはすべて我慢できるものであった。

だから私も弟という小さき存在を可愛く思えていた。

だがしかし、弟が成長するにつれて、そんな悠長なことを言ってはいられない、ゆゆしき事件がたびたび起こるようになったのだ。

今でも忘れられない父が放った衝撃の一言

我が櫻本家では両親どちらかの逆鱗に触れると「ベランダに締め出される」というなんとも昭和らしいお仕置きが存在した。

弟が言葉もしゃべれるようになり一緒に遊んでいたある日、最初のゆゆしき事件は起きた。

我らの喧嘩が父の逆鱗に触れ、弟と私はベランダに締め出されたのだ。

小学校に入る前の子どもなので当然中に入れてほしいと2人してギャン泣きである。

追い出された原因は弟にあったので、私にとってはとばっちり以外のなにものでもない。だから私は、頑として弟が悪いという姿勢を崩さず、中に入れてくれと泣け叫んだ。

そしたらなんと、まったくもって信じられない言葉が父から発せられたのだ。

今でも忘れはしない衝撃の言葉とはこうであった。

「お姉ちゃんのお前が謝るまで家には入れない。」

目ん玉飛び出るかと思うくらいの衝撃のセリフである。

当然わたしは、理不尽な父のセリフに対し反抗した。

だがしかし、それではらちがあかず、結局は私が謝り家に入れてもらうはめになる。

私に生まれた2つの強烈な感情

この日この時、私の中には2つの強烈な感情が生まれる。その感情とはこうだ。

■理不尽な父が憎い!

■弟はズルい!

こじらせ長女を脱した今では、その時の憎悪の感情がエネルギーとしてリアルに思い起されるようなことは全くない。

しかし、長女を超絶こじらせていた34歳までは、この事件を思い出すだけで憎悪のエネルギーが自分の中に渦巻いていた。

稀子幼稚園の頃の写真

こじらせ始めてカメラを構える親に笑顔を向けなくなる幼稚園児の私

さて、その他にも語りつくせぬほどの理不尽なゆゆしき事件が起こるのだが、それを事細かに書き連ねていたらキリがないのでそこはやめておくことにしよう。

「愛されていない」あきらめに似た絶望と悲しみ

子どものころから冷静に物事をとらえていた私は、両親の「怒ると冷静ではなくなる態度」やこちらの「都合や気持ちなどまったくお構いなしの態度」に対してこんなことを思っていた。

「これは大人の態度や思考ではない!大人のくせになんなんだ!」

そして、こう思う日が増えれば増えるほど、憎しみの気持ちを持つ時間が増えていった。

さらに、私にとっては両親ともに「第一子の長男長女ではない」ということが、この憎しみを増幅させる要因にもなっていた。

「所詮、姉や兄たちに守られた長男長女に何が分かる!」

そんな思いが強かったのだ。

そして何より、母の弟には甘く私には厳しい。そんな理不尽な態度が何よりも憎しみを増幅させていった。

両親の理不尽な言葉と態度が繰り返される中、私の中にこの感情が生まれる。

「あぁ。私は両親に愛されてはいないのだ…」

この諦めに似た絶望と悲しみが私の心を闇へといざなった。

こんなことを書くと、日頃もおとなしくビクビクしたおとなしい子ども時代を過ごしたのでは?と思われるかもしれないが、そこがそうはいっていないのが「おひつじ座」を選んで生まれた私の特長である。

それでも明るく振る舞う毎日

心の中では孤独や悲しみ、憎悪が渦巻く私であったが、幸いにも明るく楽天的な性格も持ち合わせていた。

さらに、好奇心も旺盛だったことから、周りからは「明るく元気な女の子」と見られていた。

孤独や悲しみを隠すためにあえてという部分もありはしたが、やはりそこは子ども。

親から離れた時間だけは純粋に楽しむことができた。

稀子写真勝

友人の親がカメラマンだと笑顔を見せる私

だが、持ち前の明るさと楽天的な性格では、両親の態度や言葉に触れる度に大きく膨らむ私の孤独と悲しみ、憎悪の感情には対処しきれなくなった。

死の恐怖さえ感じない日が訪れる

そしてとうとう9歳のある日「死の恐怖さえ感じない日」が訪れたのだ。

あの日は母親同士も仲の良い同級生の家に、母と2人でお邪魔していた。

母は私を目の前に、私の気持ちなどお構いなしに、私のことをあーだこーだと同級生のお母さんに語っていた。

その会話から聞こえる言葉から、母が私の気持ちなど全く理解していないのだと思い知る。

母からしたら、たわいのない話だったのだろうが私にとってはとても悲しく、同時に腹が立つ話だった。

そんな母の言葉を聞くうちにこんな思いが沸き起こった。

「ああ、やっぱり私はこの親にはわかってもらえない。」

そう思った瞬間、あまりの辛さに私の悲しみと孤独はMAXになり、誰にも何も告げずに私は友人の家を出たのだった。

友人宅は、マンションの10階だったのだが、廊下の手すり越しに下をのぞき込んでも「怖い」という思いさえ湧き起らなくなっていた。

「死ねるってこういう時なんだな。」

自分の心が限界に達したことをこの日この時思い知る。

ただそれと同時に、

「私には何か使命がある。こんなところで死んではいけない。」

そう強く思い、死の選択を思いとどまったのだ。

なぜ、「使命がある」そんなことを思ったのかこの時はよくわからなかったが、この先の人生の支えのひとつとなる。(なお、36歳でこの使命を私は理解することとなる。)

「大嫌いだけど愛されたい」相反する気持ちがもどかしい

さて、友達の家から黙って出ていき、死ぬか生きるかの大きな分かれ目に立っていた私。

その時間はほんの数分だったはずだが、私にとってはとてもとても長い時間だったように感じた。

ちなみに、友人宅に残された母はどうなったかというと、私がいないことに気がつきマンションの廊下にいた私のところにやってきた。

「もう!何も言わずに勝手に出て行ったら心配するじゃない!」

そんな言葉をかけられたが、この時の私には残念ながら私のことを心配しているというよりは、親としての体裁を気にしているのだろうとしか思えなかった。

この日以降、私は「愛されてない」「理解されない」という諦めと絶望の感情を強く持つようになる。

しかし、それでもやっぱり「愛されたい」「わかってもらいたい」と言う気持ちを捨てきれずに葛藤の日々を送るようになった。

愛されたいが故に、両親に自分の怒りや不満を無言の反抗心という態度でアピールしていくのだが、大人になってこれは全く効果がなかったことを知る。

それはまた別のお話で詳しく語ろう。

社交的ではない母に嫌気がさす

さて、小学校も高学年になると女の子にとって、子ども同士のコミュニティや人間関係は重要になってくるものである。

しかし、社交的ではない母のおかげで私は、交友関係や時間の使い方を母に合わせないといけないことが多くあった。

親の都合で友達の誘いを断ったり、約束を後から破棄しなくてはいけなかったことは何よりもつらかった。

小学校5年生の時には、クラスのお友達が遊園地に誘ってくれたが、子どもだけで行くのはNGと母に言われ仲良しグループで私一人だけが参加できなかった。

ちなみに、「じゃあお母さんが一緒に来てよ」は通用しない。無理の一言で終わるのだ。

お年頃の女の子にとって非常に大切なコミュニティー作りは幾度となく妨害されるのだった。

しかも、友情を深めるチャンスだけでなく、好きな人との交流を深めるチャンスを失ったことも数え切らないほどある。

中でも1番忘れられず、絶対的に母親を嫌いになるある事件があるのでそのエピソードをお話ししよう。

恋する乙女の野望が母によって壊される

小学校5~6年生の時に私はクラスに好きな男の子がいた。

好きすぎで話しかけるのもドキドキしていたのが今では懐かしい。

そんな彼とは家が近所で、中学も同じ公立の中学校に進学することになっていた。

いつも仲良くしている女の子の友達は私が彼を好きなことを知っていて、中学校入学式の日に、せっかくなら近所のみんなで集まっていかないかと約束を取り付けてくれたのだ。

私は中学入学そうそうなんて素敵なことが起こるのかとその日が待ち遠しくドキドキしていた。

しかし、入学式を目前にして、またしても母によってその楽しみを絶たれたのだった。

入学式前日、母がこんなことを言ってきた。

「明日は、AちゃんとFくんのお母さんと一緒に行くからね。あんたも一緒よ。」

私は、そんなの困る!友達と約束した!と反抗したが、そんなの全く聞き入れてもらえない。

「お母さんとあなたがバラバラにいったら向こうでわからなくなるじゃない。」

人の気も知らずケロッとそんなことを言ってきたのだ。

母はあまり社交的ではなく、仲のいいママ友が少なかった。

私が仲良くしている友人のママさんより、マンション内で仲良くしている2人のママさんくらいしか交流がなかったのだ。

この時ほど、母の狭い交友関係に巻き込まれたことに腹を立てたことはない。

子どもには子どものコミュニティがあり、それを壊すんじゃない!親の都合を押し付けるな!と心の中で激怒した。

結局、親の言いつけに逆らえるはずもなく一緒に入学式に行くはずだった友人には一緒に行けない旨を告げた。

当日はあまりのショックで、マンションのベランダから一緒に行くはずだった友人たちと片想い中の彼の姿を見送ったことを今でも覚えている。

この入学式の日、母は何の気なしに中学の正門前で記念写真を私と撮ったが、私の心はメラメラと怒りの炎が燃え盛り、顔は最高にムスッとしていた。

そんな写真が後日、中学で発行される広報の表紙を飾り、母はなんだかうれしそうにしていたが、私はこの時好きな男の子と登校できなかったことを思い出し、はらわたが煮えくり返る想いであった。

両親から信頼されていない寂しさ

さて、中学に入ると小学校とは違い部活動が始まる。

そんな部活選びでも両親とひと悶着あり、私はさらに両親への憎悪を深めていく。

部活選びで私は、ソフトボール部、演劇部、美術部のどれに入るか迷っていた。

最終的にソフトボール部に入る決心を固め、両親にその旨を伝えたところ猛反対されたのだ。

「あんたの性格では無理よ。」

やってもいないのに、決めつけられたことに腹が立ち、あれこれ反抗したが結局は美術部に入ることで話が終わる。

これまでにもチャレンジする前から「無理」「ダメ」と言われることが多くあり、フラストレーションが溜まっていた。

やってもいないのに決めつけてくる両親が嫌で嫌で仕方がなかった。

ただ、誤解なきよう言っておくと何もかもが両親から制限されたわけではない。

行ってみたい、やってみたいといった願いが受け入れられたこともたくさんある。

でもそれは、「両親の方針にあえば」という条件つきだったのだ。

私が望んでも彼らの方針や彼らから見た私の性格に合わないと思われたものはことごとく反対された。

反対され腹が立つのと同時に、「無理」と言われるわれるたびに「信頼されていない」のだと寂しさがつのっていった。

自我に目覚めれば目覚めるほど感じる孤独

私の場合、「理系で保守的」な家族の中で、たったひとり「芸術系で直観的で革新的」だったため、価値観や思考パターンまで違っていた。

そのせいで、自我に目覚めれば目覚めるほど、家族と同じ家に暮らしながらもさらに強い孤独を感じるようになっていった。

だから、この家に私の居場所はないのだと、家にいることさえ苦痛に感じるようになってしまう。

自分が持っている価値観や感覚が分かってもらえないというのは何よりダメージが大きい。

これだけ、家庭内で孤独を感じていたら自分の部屋から出てこない引きこもり少女になったのでは?と思われるかもしれない。

だが、私には「引きこもる部屋さえなかった」のだ。

まだ、ひとりになれる空間があったなら日々の中に安らぎがあって、まだましだったろう。

ひとりになることができず、常に両親の監視下にあったことは、ものすごくストレスであった。

そんな中、私なりに両親に悪態をついたり、不機嫌な態度をとることで自分の怒りや悲しさをアピールし続けた。

しかしこのアピールは全く伝わらず、「愛されていない」としか思えない言動が続く。

アピールしてるのにわかってもらないこと、気に留めてもらえないことは私のこじらせ具合を加速させていった。

そしてその後、中学生、高校生、大学生、社会人へと成長するにつれ、自分のプライベートタイムやオシャレや恋を楽しみたいのに、それを阻害する両親に対し、憎しみは増していくことになる。

自分を押し殺すという「いい子ちゃん」

さて、最後に我が父についての話をしよう。

わが父は、感情的になると人の話は一切聞かないという特徴がある。

さらに絶好調にヒートアップすると、手は上げないが良識ある大人とは到底思えないひどい言葉をあびせてきた。

強烈にひどいときには、経済活動もできない子どもに向かって「家を出ていけ」という。

何とも平和的ではない力を行使する父だった。

だから、私の中には「どうせ話しても聞いてもらえない」という思と「威圧的な父への絶対的恐怖心」が生まれた。

この絶対的な恐怖があったから私は、悪いことに手を染めるグレるという道ではなく、自分の感情にフタをし自分を押し殺すという「いい子ちゃん」という道を選択することになる。

外づらはいい子ちゃん。でも内面は両親への憎悪に煮えくり返るという、複雑な感情に長きに渡り苦しむことととなる。

やはり、両親に愛されていないという思いは、私に自信を無くさせ、いろんな弊害を生むようになった。

ことに恋愛や他人と接する人間関係には大きな悪影響をあたえていた。

だからこそ、早く実家を離れたいと大学時代につき合った彼にのめり込むようになる。

これがまた別の悲劇を生む。

それはまた別のストーリーとして語ろう。

おわりに

さて、私のリアルなこじらせ長女ストーリーはいかがだったでしょうか。

あなたが抱える感情や悩みと同じ部分はありましたか?

「私ひとりじゃなかったんだ」そう思えるだけでも気持ちが楽になることもあります。

あなたにとって少しでも気持ちを軽くする記事になっていれば幸いです。

他にもこじらせストーリーをたくさん紹介しているので、ぜひそちらも読んでみてくださいね。

また、これまで多くの長女と長女のお母さんのお話を通して「長女のこじらせポイント」には共通点があることが分かってきました。

このこじらせポイントさえクリアできれば、損だと感じる長女の特性もギフトに変えていけます。

このこのメディアでは、長女が幸せになるためのポイントをたくさんお伝えしていきますのでぜひ無料のメンバー登録をしてみてくださいね。

COJILabo.編集長 長女研究家 櫻本稀子(さくらもときこ)

 

この記事を書いた人

長女研究家 櫻本稀子
長女研究家 櫻本稀子
1980年4月2日生まれ。スピリチュアル・ビューティーサロン代表。弟が生まれた3歳から「両親から愛されていない」と思い込み、長女をこじらせはじめる。だが、2015年に受講した「アデプトプログラム」をきっかけにたった2年半でこじらせた親子関係を修復。その経験から長女特有の「ネガティブパターン」に気がつく。このパターンを全ての長女が理解すれば「みんながもっと簡単に幸せになれる!」と思い、長女研究家として本サイトCOJILabo.にて長女が幸せになるコツを配信中。→詳しいプロフィールはこちら

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